現代のパンデミックの本質
人類の歴史の中で、ペストやコレラなど感染症の世界的な流行(パンデミック)は何度も経験されてきました。新型コロナの流行もその一つですが、過去の流行と大きく違う点があります。過去のパンデミックは、風土病として局所的にまん延していた既知の病原体が拡大したのに比べ、新型コロナはヒトにとって未知の病原体が急速に世界拡大した点です。
このページでは、新型コロナに代表される現代のパンデミックのメカニズムを、地理的、歴史的な観点を含めて解明するととともに、その続発を阻止するために必要な対策を提示します。
この原稿は濱田篤郎著「COVID-19流行における都市化と人の移動の影響」浜田明範編『感染症の人間学1.都市・移動・感染症』(春風社2026)pp119-152 に掲載された原稿を一部修正したものです。
1)歴史上のパンデミック
人類はその誕生以来、病原体との戦いを展開してきました。とくに1万年前に農耕生活を営むようになると人口密度が増加し、麻疹や天然痘などヒトからヒトに広がる感染症の流行が繰り返されます。また、家畜を飼育することで、動物の病原体がヒトの間で流行するケースも増えてきました。結核はその代表格になります。
やがて今から二千年ほど前から、ユーラシア大陸ではローマ帝国や漢帝国など広域国家が建設されるようになり、国家間の人流も増えていきました。こうした世界的な人の移動にともなって、感染症のンデミックが周期的に発生するようになったのです(表1)
表1. 人類の歴史にみられる感染症のパンデミック
| パンデミック | 発生年 | 流行の発端 |
|---|---|---|
| 東ローマ帝国でのペスト流行 | 6世紀 | アフリカか中央アジアの流行が波及(諸説) |
| 中世の黒死病(ペスト)流行 | 14世紀 | 中央アジアか中国の流行が波及(諸説) |
| 近世ヨーロッパでの梅毒流行 | 16世紀 | 新大陸の風土病がヨーロッパやアジアに波及 |
| 新大陸での天然痘流行 | 16世紀 | ヨーロッパの風土病が新大陸に波及 |
| コレラの世界流行 | 19世紀 | インド亜大陸の風土病が世界拡大 |
| スペインインフルエンザの流行 | 1918年 | トリのウイルスがヒトに感染して流行 |
| 新型コロナウイルスの流行 | 2019年 | 動物のウイルスがヒトに感染して流行 |
6世紀、東ローマ帝国を中心にユスチアヌスの疫病と呼ばれるペストの大流行が起こりました。この時のペスト流行はヨーロッパ域内に留まりましたが、14世紀には黒死病としてユーラシア大陸全体の大流行を起こし、死亡者がヨーロッパだけで3500万人にも達しました。その後、16世紀から始まる大航海時代には、ヨーロッパやアジアで梅毒が、アメリカ大陸では天然痘が大流行します。また、19世紀の帝国主義の時代には、インドの風土病だったコレラが世界流行を起こしました。そして、20世紀初頭、第一次大戦の最中にスペインインフルエンザが大流行し、4000万人が死亡するという事態になりました。
このように人類の歴史の中には、いくつかの感染症のパンデミックが記録されており、今回の新型コロナウイルスの流行も、こうした歴史に残る感染症の一つになるでしょう。
ただ、表1の流行の発端を見ていただければ分かりますが、ペストやコレラなどの大流行は、地球上のどこかで風土病として流行していたヒトの病原体が拡大したものであるのに対して、新型コロナの流行は、動物が保有する未知の病原体がヒトに感染し、パンデミックを起こしました。スペインインフルエンザも動物(トリ)のウイルスがヒトに感染した点では同様ですが、このような新型のインフルエンザの流行は19世紀頃から周期的に発生しており、今回の新型コロナの流行が全く未知の病原体であるのとは異なります。こうした観点でみると、新型コロナの世界的流行は、過去二千年の間に、人類があまり経験したことのない出来事だったと言えます。
2)20世紀後半から起きていた予兆
新型コロナの流行が起きた原因については、本ホームページの「新型コロナ流行の本質」をご覧ください。そこにも記載しているように、WHOは海鮮市場で販売されていた小動物の保有するウイルスが、ヒトに感染した可能性が高いとしています。新型コロナウイルスは、もともとはコウモリが保有していたとされており、コウモリから小動物へ感染し、それがヒトに及んだという経路になります。
実は、動物の病原体がヒトに感染し、それが拡大するという現象は、20世紀後半から小規模ながら世界各地で発生していました(表2)。とえば、1970年代からアフリカ各地で流行を繰り返しているエボラウイルスも、コウモリからヒトに感染したと考えられています。また、1998年にマレーシアで流行したニパウイルスも同様です。このウイルスはヒトに脳炎などを起こすもので、もともとはコウモリが保有していた病原体でした。その後、マレーシアでの流行は終息しましたが、インドなどで現在も患者が散発しています。
そして、2002年に起きた重症急性呼吸器症候群(SARS)の流行は、新型コロナと近縁の未知のコロナウイルスが原因になっており、コウモリからハクビシンなどを介してヒトの感染が起きています。この時の流行は世界全体に拡大しましたが、半年ほどで終息しました。
さらに2012年には中東のサウジアラビアなどで、やはり未知のコロナウイルスによる中東呼吸器症候群(MERS)が発生しています。患者は現在も中東で少数ながら報告されており、2015年には流行が韓国まで飛び火しました。MERSはコウモリが自然宿主と考えられており、そのウイルスがラクダを介してヒトに感染を起こしたとされています。
表2. 20世紀後半から発生している未知の病原体による感染症
| 感染症 | 発生年 | 最初の発生地域 | 起源となる動物(媒介動物) |
|---|---|---|---|
| エボラ出血熱 | 1976年 | アフリカ中部 | コウモリ(サルなど) |
| ニパウイルス感染症 | 1998年 | マレーシア | コウモリ(ブタ) |
| 重症急性呼吸器症候群 (SARS) |
2002年 | 中国 | コウモリ(ハクビシンなど) |
| 中東呼吸器症候群 (MERS) |
2012年 | 中東 | コウモリ?(ラクダ)* |
| 新型コロナ感染症 (COVID-19) |
2019年 | 中国 | コウモリ?(小動物?) |
*ラクダはMERSの感染源とされているが、中間宿主の可能性が高い。
3)本質は土地開発の促進
表2で気づくのは、いずれも起源となる動物にコウモリが関係している点ですが、それ以上に重要なのは、コウモリや仲介する小動物が、今までヒトが立ち入らなかった奥地に棲息していたと推定される点にあります。
20世紀後半、アジアやアフリカの国々は経済成長し、奥地への開発が盛んに行われるようになりました。その結果、そこに棲息していた動物にヒトが接触し、動物の保有する未知の病原体、とくにウイルスに感染したのです(図1)。

こうした事例が繰り返されてきた末に、今回の新型コロナの流行が発生したと考えられます。そして、その背景にあるのが、アジアやアフリカなどの国々が経済成長し、奥地への土地開発が加速されたという現象なのです。
こうした考え方に基づけば、今後、未知の病原体による感染症の流行発生を抑えるには、奥地への土地開発にあたり、十分な対策を行うことが必要になってきます。まずは、土地開発を進める場合、その地域の生態系や病原体の状況を調査し、ヒトが未知の病原体に接触する機会を減らしていくことが大切です。さらには、開発現場の労働者などに感染症が発生していないかを監視することや、そこから都市に食材などとして運ばれる動物についても、感染の有無をチェックする対応が求められてきます。これに加えて、アジアやアフリカなどで、新たな感染症発生への監視システムを、今まで以上に強化する必要があるでしょう。
なお、最近の日本でみられているように、シカやクマなどの野生動物がヒトの居住地域に侵入する機会が多くなりました。この結果として、本来は奥地で野生動物の間で流行していた感染症が、ヒトに拡大するケースも増えています。この代表格が、日本で患者数の増加している重症熱性血小板減少症候群(SFTS)です。こうしたケースは今後も増えていくことが予想されるため、ヒトの奥地への侵入だけでなく、動物のヒト居住地域への侵入という観点からの対策も考えていく必要があります。
4)交通機関の発達という拡大因子
今までの人類の歴史の中でも、動物からヒトに未知の病原体が感染し、それが局地的な流行を起こしたケースは何度となくあったはずです。ただ、その流行が局地的であったために気づかれることなく終息し、歴史の闇の中に埋没した可能性が高いと考えられます。
しかし、最近の交通機関の発達により、局地的に起きた流行であっても、それが短期間のうちに世界中に拡散するようになりました。たとえば、19世紀に起きたコレラの世界的流行は、震源地であるインドから5年の歳月をかけてヨーロッパに到達しています。これが20世紀初頭のスペインインフルエンザの流行になると、客船や鉄道による移動が行われるようになったため、最初に流行が拡大したアメリカからヨーロッパに波及するまで約半年に短縮されました。20世紀後半からは航空機旅行の時代になり、移動時間は大幅に短縮され、今回の新型コロナウイルスについては、発生から3か月というスピードでパンデミックに至っています。航空機による高速移動で、我々は様々な社会分野のグローバル化を成し遂げ、その恩恵のもとに生活しています。その一方で、グローバル化社会は感染症の大流行という弊害も生じたのです。
このような考え方に基づけば、未知の感染症の流行が発生した後に流行拡大を抑えるためには、出入国制限などで国際間の人の移動を止めることが最も有効な対策になります。しかし、それを実施するには、技術的な問題とともに経済への影響もあり、長期にわたって行うことは困難です。こうした点を考慮すると、自国や世界の流行状況に応じて、段階的に制限を緩和していくとともに、流行が再燃に転じた場合は、臨機応変に移動制限を再開する必要があります。
ただし、こうした対応は流行初期の感染対策の段階で効果を発揮するものであり、ワクチンが開発されたり、検査方法が普及したりした段階では、ワクチン証明書や検査陰性証明書などを提示することで、国際間の人の移動を管理する方法に移行することが可能になるでしょう。これは今回の新型コロナの流行で実践されたとおりです。
5)次なるパンデミックの足音
WHOや各国政府は、新型コロナの流行が一段落した23年以降、次のパンデミック対策の構築を進めています。日本政府も24年7月に新型インフルエンザ等対策政府行動計画を改定し、新型インフルエンザだけでなく次のパンデミック全体への対策方針を発表しました。政府行動計画等 | 内閣感染症危機管理統括庁ホームページ
こうした国際機関や世界各国の対策で共通しているのは、パンデミックが近い将来再び起こる可能性が高く、その原因となる感染症に急性呼吸器感染症を想定している点です。新型コロナもその一つですが、呼吸器を標的とする病原体は飛沫感染や空気感染で広がるため、流行発生後、急速に拡大する可能性があります。
具体的には新型インフルエンザが第一の候補になります。この感染症は20~30年毎に周期的にパンデミックを起こしており、最後の発生が2009年だったことから、そろそろ次の流行が起きても不思議はありません。トリやブタのインフルエンザウイルスがヒトに感染して起こるもので、WHOや各国政府はその監視に力を入れています。
新型コロナウイルスが新たな変異を起こして拡大した場合も、再びパンデミックになる可能性があります。現在流行しているオミクロン株が発生したのは2021年年末で、既に5年近くが経過しており、これに代わる新たな変異株の出現も考えられます。その場合は、ウイルスの感染力が強くなることが想定されるため、再び世界的な大流行に発展する可能性があります。
また、動物から新たな未知のウイルスがヒトに感染し拡大することも、20世紀後半からの同様なケースの多発を考えれば、十分に可能性はあります。WHOはこうした感染症をDisease Xと呼び、警戒を呼び掛けています。
このように、次のパンデミックの足音は既に高まっており、それが発生した場合の対策を早めに整備しておくとともに、監視を強化していくことが必要です。
6)ワクチンという切り札
パンデミックが発生する際に、病原体への免疫の有無が、流行規模を決める大きな要因になります。たとえば新型コロナでは、病原体が未知のコロナウイルスだったため、世界中の人々はこの病原体への免疫を保有しておらず、世界的な流行に至りました。これはペストやコレラなど過去のパンデミックでも同様でした。風土病として流行していた地域では病原体への免疫を持つ人がいても、それ以外の地域には免疫保有者がおらず、地域外に拡大することで大流行になったのです。
こうした免疫のない人が感染すれば免疫を獲得し、その結果、集団免疫が高まることで流行は収束に向かいます。しかし病原性が高ければ、それまでに重症者や死亡者が多数発生することになるでしょう。このため、現代医学では病原体への免疫を人工的に獲得する方法としてワクチンが使用されます。とくに飛沫感染や空気感染で拡大する感染症では、ワクチンの接種が流行対策として大変に有効とされています。
新型コロナの場合は、流行発生直後に原因となるウイルスの構造が解明されたため、直ちにワクチンの開発を始めることができました。さらに、mRNAワクチンなど新しい科学技術を用いることで、1年以内にワクチンの開発に成功し、接種が開始されました。
次のパンデミックにおいても、ワクチンをいかに短期間で開発し、接種を行っていくかが、人的ならびに経済的な被害を軽減させるためには重要なファクターになるのです。
以上、このページでは、新型コロナの流行をはじめとする現代のパンデミックについて、地理的、歴史的な観点を含めて考えてきました。その本質には、アジア、アフリカ諸国の経済成長にともなう新たな土地の開発や、交通機関の発達などの社会状況が大きく関与していると考えます。こうした背景を認識した上で、今後のパンデミック発生の予防や、発生時の対策を検討していくことが大切なのです。
