サイトの紹介

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 新型コロナの流行は、全世界で約700万人以上の命を奪うという大きな人的被害を生じただけでなく、経済や社会生活にも多大なる影響を及ぼしました。こうした大規模な流行が生じた背景を明らかにし、今後の対策に活用するためには、医学的な情報だけでなく、自然地理学や人文地理学の情報を含めた総合的な解析が必要になります。このホームページでは感染症流行の原因やメカニズムを、こうした観点から解明するとともに、今後の感染症の流行予測とその対策を検討します。
 

地理医学の世界へようこそ

 このホームページでは、感染症の流行を地理的・文化的な情報で読み解くことを主要なテーマにしています。その背景にある医学分野が「地理医学」(Geographic Medicine)です。最近、国際政治を地理的要因で検討する地政学が盛んになっていますが、地理医学もこのような観点に立って疾病を解析する学問です。

古代ギリシャで発祥した医学

 「地理医学」の発祥は古代ギリシャの時代に遡ります。この時代に活躍した医師ヒポクラテスが、「空気、水、土地」という著作の中に、「医師は、土地特有の環境や生活様式を理解していないと住民に健康を提供できない」と記載しており、これが「地理医学」のルーツになっています。そして、ヒポクラテスの考え方は、近代にいたるまで医学の基本理念として生き続け、「地理医学」も医療従事者にとっては必須の知識になりました。
しかし、19世紀後半から微生物学や栄養学など近代医学が発展し、病気の原因が次々に解明されていくと、ヒポクラテスの考え方は古いものとして扱われるようになります。そして、「地理医学」も近代医学の世界では、片隅に追いやられていきました。
そんな中、筆者は1980年代、米国へ留学した時に「地理医学」に出会うことができました。この時の留学目的は、渡航医学という海外渡航者の健康対策を学ぶためでしたが、留学先となる大学の教室名が地理医学科(Department of Geographic Medicine)だったのです。欧米諸国では近代医学の時代になっても「地理医学」が存続しており、とくに海外渡航者の健康対策においては中心的な存在なのです。

渡航医学と地理医学

 日本では医療従事者の中でも「地理医学」という名前を知る人が少ないと思います。名前を知らないだけでなく、地理の知識を持つ医療従事者がかなり少ないようです。
しかし、筆者が専門とする渡航医学の場合、「地理医学」の知識を持ち、滞在する国の気候、地形、文化などを把握していないと、海外渡航者に適切な健康対策を提供することが出来ません。これは古代ギリシャでヒポクラテスが述べた言葉と同じで、それが今でも生きています。
たとえば、海外旅行を計画している人が、旅先で病気になるのを予防するため、渡航医学の外来を受診したとします。まずは、この受診者の旅行ルートを地図上で辿りながら、「地理医学」の知識を基に、そのルートの隅々に潜む病気をリストアップしていきます。その上で、こうした病気を予防するために必要なワクチン接種などの対策を、受診者に提供していくのです。これが渡航医学における診療の基本手技であり、「地理医学」が重要な知識であることがお分かりになると思います。
このように、「渡航医学」と「地理医学」は密接に関係しており、二つの医学には重なる部分も多いのですが、「地理医学」は海外渡航者だけでなく、その土地の住民も対象としています。

感染症流行と地理医学

 「地理医学」の知識は感染症の流行に対処するためにも有用です。
 とくに気候は感染症の流行に大きな影響を及ぼします。日本や欧米のように四季のある気候では、夏には食中毒などの消化器感染症が流行し、冬にインフルエンザなどの呼吸器感染症が流行します。熱帯で雨季と乾季しかない地域では、雨季に蚊が媒介するデング熱やマラリアが流行します。飛沫感染する呼吸器感染症も、屋内で過ごす時間の長い雨季に流行しやすくなります。一方、乾季は水不足になることが多く、消化器感染症が増えます。
 文化的な要素も感染症の流行状況に影響します。たとえば、イスラム圏では豚肉を食べないため、豚肉から感染する寄生虫症(有鉤条虫症)がほとんど発生しません。また、イスラム教徒はイヌを飼うことが少ないため、狂犬病の患者も少なくなります。
 世界各地で開催される宗教行事も感染症の流行には大きな影響を与えています。サウジアラビアのメッカで、毎年1回、開催される大巡礼では、飛沫感染する髄膜炎菌感染症やインフルエンザが流行することがあります。
 こうした「地理医学」の知識で感染症の流行を考えていけば、今回の新型コロナのように爆発的に拡大する感染症の流行予測も可能になるのです。

*この原稿は「時事メデイカル・新型コロナ流行の本質 第65回」を一部修正したものです